09米粉の加工増粘剤を使用しない米粉100%パンの開発とメカニズムの解明

世界人口の急激な増加や気候変動、国際政治情勢の変化などにより、食料の安定的な確保は各国で大きな課題となりつつあります。日本ではお米を国産で自給できることから、米粉を主原料とした米粉パンは食料自給率の向上に貢献できます。また、一般家庭の家計に占める消費額でパンが炊飯米に拮抗するなど、日本でもパン食が普及しています。そこで、グルテンを含まない米粉100%パンは小麦アレルギーやセリアック病患者にとっても朗報になると期待されます。

米粉パンと小麦粉パンの違い

(1)小麦粉パンの製造

一般的にパンは小麦粉を原料に製造されます。小麦粉を原料にホームベーカリーでパンをつくる様子を生地の撹拌、発酵、焼成の順に図表1Aに示します。
小麦粉に水を加えて練ると、粘り気と弾力に富んだ生地ができます(図表1A【生地の撹拌】)。これは、生地の中に、小麦粉のたんぱく質がネットワークを形成したグルテンが生成したからです。この生地にイースト(酵母)と砂糖、食塩、油脂などを練りこんで37℃くらいで保温すると、酵母が発酵ガスを産生します。グルテンはその網目構造により発酵ガスを逃さずに閉じ込めるため(図表2A)、生地は小さな風船の集まりのように膨らみます(図表1A【発酵】)。これを焼成するとこんがり焼き色のついたパンの出来上がりです(図表1A【焼成】)。

図表1 パン製造工程の比較

パン製造工程の比較
A:小麦粉を主原料とする一般的なパン B:無添加グルテンフリー米粉パン

図表2 発酵生地における発酵ガスの捕捉

発酵生地における発酵ガスの捕捉
A:小麦粉を主原料とする一般的なパン B:無添加グルテンフリーパン

(2)米粉パンの製造

一方、米粉に水を加えて練っても小麦粉のような粘弾性のある生地はできません(図表1B【生地の撹拌】)。粘弾性の高い小麦粉の生地との性状の違いは明らかですね。これは、米粉生地がグルテンを含まないからです。
そこで、米粉を原料にパンをつくる際には、小麦粉やグルテン、あるいはグルテンの代わりになる増粘剤が米粉生地に添加されてきました。

増粘剤なしで米粉100%パンを膨らませる

(1)米粉パン生地の性状

農研機構では最近、増粘剤を使用せず、米粉・水・イースト・砂糖・食塩・油脂の6つの原料だけでパンをつくる製法を開発しました※1※2。原料組成や生地の撹拌、発酵・焼成の条件を調整することで特別な機器を使用せず、家庭用のホームベーカリーやオーブンでパンをつくることができます(図表1B)。
粘弾性の低い生地を発酵させるとホームベーカリーのパンケースいっぱいまで生地が膨らみます(図表1B【発酵】)。この発酵生地は泡立てたメレンゲのようにふわふわでこわれやすいなど、小麦粉生地とは性状が異なっていますが、焼成するとパンになります(図表1B【焼成】)。

(2)米粉パンに適した米粉

増粘剤不使用の米粉100%パンをつくる秘訣は、でんぷんの損傷が少ない米粉を使用することです。一般的に米粉は、白米を研削や破砕によって製粉することで製造されます。白米同士を気流中でぶつけあって粉砕する気流粉砕を例にでんぷんの損傷について図表3で紹介します。
白米には多面体構造をもつでんぷん粒が含まれ(図表3A)、この中にでんぷん分子が貯蔵されています。粉砕時に白米同士がぶつかると、衝撃や摩擦熱によりでんぷん粒の形状が損傷することがあります(図表3B)。一方、白米を水に漬け、湿らせてから気流粉砕に供する湿式気流粉砕では、白米が砕けやすく、また、摩擦熱が気化熱として消費されることから、でんぷん粒の損傷度合いが低く形状が維持されます(図表3C)。「ミズホチカラ」※3や「笑みたわわ」※4など、製粉特性の高い(破砕されやすい)品種の白米を製粉しても、でんぷん粒の損傷が抑えられます。
このでんぷん粒の構造の維持が、増粘剤を使用しない米粉パンの製造に重要な役割を果たすと考えられています。

図表3 白米を構成するでんぷん粒と気流粉砕における損傷

白米を構成するでんぷん粒と気流粉砕における損傷
A:白米とでんぷん粒 B:乾式気流粉砕 C:湿式気流粉砕 
D:「ミズホチカラ」や「笑みたわわ」など粉砕されやすい品種の白米の粉砕

米粉100%パンがどうして膨らむのか?

(1)米粉パンが膨らむメカニズム

広島大学で教鞭をとる界面科学の専門家、ヴィレヌーヴ真澄美教授との共同研究により、グルテンや増粘剤を使用しないでつくる米粉100%パンは「微粒子型フォーム」のメカニズムで膨らむことが明らかになりました※1(図表2B)。
シャボン玉(フォーム)では、空気と水の境界に界面活性剤の分子が並んで丸い形状を安定化させます。今回のパンでは、でんぷん粒が界面活性剤の役割を果たし、発酵ガスと水の境界を安定化させていたのです。対照的に小麦粉のパンでは、粘弾性に富むグルテンのネットワークが発酵ガスを閉じ込めるため、風船に例えることができます(図表2A)。2つのパンは製法もメカニズムもまったく異なっていたのです。

(2)でんぷん損傷度との関係

でんぷん粒は損傷の度合いに応じて吸水の度合いも異なることが知られています。また、粒子が界面活性剤の働きをする際には、その親水/疎水バランスが重要であることも明らかにされています※5(図表4)。
フォームを安定化させる粒子は発酵ガスと水との界面の中心に位置しています(図表4A)。水と発酵ガスの界面を支えるでんぷん粒が製粉の際に損傷を受けていた場合、生地の撹拌・発酵の際に徐々に吸水します。損傷の度合いが低い場合(図表4B)はその影響が少ないのですが、損傷の度合いが高い場合(図表4C)、親水/疎水バランスが崩れ、シャボン玉を維持できなくなると考えられます。
無添加グルテンフリー米粉のパンの製造に供する米粉には、でんぷんの損傷度が5%以下のものが適しています。湿式気流粉砕で製粉された米粉や、「ミズホチカラ」や「笑みたわわ」など、製粉しやすい品種の白米を製粉したものを使用すると膨らみの良いパンができます。

図表4 発酵ガス/水界面でのでんぷん粒の挙動

発酵ガス/水界面でのでんぷん粒の挙動
損傷なし(A)、損傷度合が低い場合(B)と高い場合(C)の比較

製品化と今後

このパンの品質についてヒト官能評価試験を行い、「やわらかく、しっとり」「きめが細かい」と評価されています※6。特許登録されたこの製パン技術はこれまでホームベーカリーやパン製品などに利用されていますが、今後も製パンメーカーなど企業と共同でいっそうの普及を図りたいと考えています。

国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構 食品研究部門 食品加工・素材研究領域 食品加工グループ 矢野裕之

参考文献

  1. Yano H, et al. LWT 79: 632-639(2017)
  2. Yano H. npj Science of Food 3: e7(2019)
  3. 佐藤宏之、他「九州沖縄農業研究センター報告」66: 47-63(2017)
  4. 中西 愛、他「育種学研究」24: 160–167(2022)
  5. 野々村美宗「色材協会誌」89.6: 203-206(2016)
  6. 早川文代、他「農研機構報告 食品部門」3: 9-17(2019)