07米と環境、食文化地球環境を考えた米作り
SDGsによって国際的にアグリビジネスが展開されるようになってきましたが、資金の7割は海外に流出するという試算もあり、日本の米作りにどれだけ還元されるのか不明な点が多くあります※1。
また、ビジネスで起こっている地殻変動として、地球温暖化対策がうたわれたパリ協定があります。パリ協定には、気温上昇を産業革命前に比べて2度未満に抑える、あるいは1.5度未満にするという努力目標も加えられています。そのため、21世紀後半までに地球温暖化に影響を与える二酸化炭素、メタン、一酸化二窒素、フロンガスなどの温室効果ガスの排出量を実質的に0にすることが求められています。
1みどりの食料システム戦略と土壌の問題
(1)みどりの食料システム戦略
わが国の食料・農林水産業は、気候変動やこれにともなう大規模自然災害、生産者の高齢化や減少等の生産基盤の脆弱化、新型コロナウイルス感染症を契機とした生産・消費の変化への対応などたいへん厳しい課題に直面しています。農林水産省は、食料・農林水産業の生産力向上と持続性の両立をイノベーションで実現するため、「みどりの食料システム戦略~食料・農林水産業の生産力向上と持続性の両立をイノベーションで実現~」を2021年に策定しました(図表1)。
日本の農林水産省が2050年までに目指す姿としてあげたこれらの項目は、EUの数値目標を参考にしていますが、ハードルは高くなっています。①②③④は、農業生産の根源的転換を必要とします。
図表1 みどりの食料システム戦略
(2)有機農業
「みどりの食料システム戦略」では、禁止農薬や化学肥料、遺伝子組換え技術などを使用せず、種まきまたは植え付け前2年(多年草は3年)以上、有機的管理を行った水田や畑で生産されたものを「有機農産物」としています。
有機農業は、自然循環機能の維持増進を図り、健康で肥沃な土壌を作り、環境問題へ配慮するなど、人にも地球にも優しい農業としていますが、農薬や殺虫剤の使用も一定量までは許されます。
- 農薬
- 化学合成肥料を原則使用しない
- やむを得ず使用する場合には使用可能なものについてリスト化する
- 種まきまたは植え付け時点から過去2年以上、禁止されている農薬や化学合成肥を使用しない水田や畑で栽培する
- 遺伝子組換え由来の種苗は使用しない
- 生産から出荷まで生産工程管理等の記録作成を義務とする
完全無農薬・完全有機肥料栽培を3年以上積み重ねると有機JASの認定となります。
(3)特別栽培米制度
2002年10月に特別栽培米制度ができました。これは、土壌に由来する農地本来の生産力を発揮させ、かつ自然環境への負担を可能なかぎり低減した栽培方法を用いて生産するということです。この原則に基づき、以下1)2)が求められています。
1)化学合成農薬の使用回数が、当該地域の同作期において当該農産物に慣行的に行われている使用回数の5割以下
2)化学肥料の使用量が、当該地域の同作期において当該農産物に慣行的に行われている使用量の5割
これは、みどりの食料システム戦略に取り入れられました。
2自然と共生した米作り
そもそも、農作物はヒトと同じように健康ならば病気になりにくいもので、弱ったものほど病虫害にあうものです。植物の健康は土壌、水、温度など環境によるものであり、土壌菌や根圏菌、共生菌などとの共生状態が大きく関係しています※2。ヒトの腸管を裏返したものが「根」と思えば、不適切な施肥、窒素多用などの土壌条件によって作物体内の栄養状態が撹乱され、根や葉などからの分泌や表皮細胞の構造や体内代謝に変化が生じることは明白です。
それらによって根圏や葉などに生息する病原菌等の微生物の増殖、感染、および体内での発病が促進される現象を「栄養病理複合障害」といいます。水稲のいもち病は窒素の多用により細胞膜が薄くなると同時に、稲の硬さの要因であるケイ酸含量も低下し、菌が根の表皮細胞に侵入しやすくなり発症します。加えて、体内のアミノ酸等の可溶性窒素化合物が増加して菌の増殖が促進され、発病が激化します※3。
根に寄生する微生物、いわゆる土壌伝染病菌は生きた細胞に寄生する病原菌と死んだ有機物をエサにする腐生菌に大別されますが、その間にはいろいろなタイプの菌がいます。放線菌、ピシウム菌、フザリウム菌、リゾクトニア属菌、根こぶ病菌などさまざまです。しかし、野生植物が病原菌におかされて全滅することはありません。強力な防御機構をもった植物が生き残るからです。それには、静的抵抗性と動的抵抗性があり、前者には細胞壁を厚くし、抗菌物質を分泌し、菌を凝集させる働きのあるレクチンなどがあります。
レクチンが菌を凝集させるとリグニン合成がさかんになって木化し、自ら死滅して褐変したり、新しい抗菌成分ファイトアレキシンをつくったりするなどの反応を起こします。ウイルス性感染に対しては、弱毒ウイルスを利用して交差防御も行います。また、病気の出にくい土壌もあります。
土壌菌やカビはエサとなる腐食物、菌の死骸なども食べ、病原菌との競合状態にあります。水田の嫌気的条件ではカビや線虫が死滅するので稲の連作障害は起こりません。
このように、自然との共生を生かした栽培方法で米作りをすれば、田んぼにドジョウやタニシ、クワイ、ヤゴなどが増え、ビオトープといえる環境になります。佐渡の棚田のようにトキの生育を支えているところもあります。メディカルライス協会では、自然と共生して栽培した玄米を「自然共生栽培玄米」として健康長寿に役立つ「長養元米」を開発しています。農薬を減らす、化学肥料を減らす、という手先の対応でなく、自然との共生を土台においた栽培方法こそ真の有機米といえるでしょう。
3One Healthのような発想が必要
(1)One Healthの概念
One Healthという概念は、「エボラ出血熱や熱帯病、コロナウイルス感染などがヒトとの接触がなかった地域から人間社会に広がったのは、熱帯林の伐採や乱開発による獣畜共通感染の拡大が関係しているので、自然界の生物全体を健康にせねば人の健康も守れない」という考えのことです。鳥インフルエンザや口蹄疫なども例外ではありません。
ワン・ヘルス・イニシアチブには、医師、獣医師、歯科医、看護師、およびアメリカ医師会、獣医医師会、看護師協会、公衆衛生医師協会、熱帯医学衛生学会、疾病管理予防センター(CDC)、米国農務省(USDA)、および米国国家環境委員会健康協会(NEHA)など非常に多方面の組織が参加し、世界中の1,000人近い著名な科学者、医師、獣医師が支持しています。
これが達成されれば、相乗効果として科学的知識ベースを迅速に拡大し、公衆衛生の有効性を高め、21世紀以降の健康政策は前進するでしょう。
(2)これからの生き方
感染症の拡大や世界経済の変化など重なる未曾有の混乱期、どのように生きるのか。生き方を選ばねば、生きがいをもって人生を送ることはできません。農民の高齢化、耕作地の放棄、輸入の減少などに気候変動も重なって食料の安全保障が問題となっています。
メディカルライス協会は日本の稲作農業が衰退しつつあることを懸念しており、同協会が定めた玄米成分の基準値をクリアした玄米は800円/kg、1俵4万8,000円で購入すると明言しています※4。この価格であれば、棚田で米作りをしている生産者であっても再生産が可能になります。玄米で健康社会を作るだけでなく持続可能な農業にも貢献できる事業となるのです。消費者も農家の存続を考えると、価格が多少高くても治未病を保証する米だと認識してフェアな価格帯が受け入れられるよう願っています。
4日本人と米の未来
2000年代になって国民の長命化とともに西洋医学の限界が見えてきました。在宅医療が医療体系のなかで重要となり、患者のQOLを高く保つ食生活を重視する個別化医療、統合医療が抗加齢医学会でも増えています。
日本は平安時代から食養生の思想がありました。江戸時代に貝原益軒の『養生訓』は長く読まれる名著となりました。明治時代、陸軍の薬剤監だった石塚左玄は玄米菜食、身土不二などを説き、食養会を結成しました。玄米菜食は、戦前には国民運動にまでになりました。この流れは二木謙三や桜沢如一に引き継がれ、日本綜合医学会やマクロビオティックの活動となっています※5。
一方、米国の留学生活から帰国後「栄養学」というコンセプトをまとめた佐伯 矩は国立栄養研究所を設立、1918(大正7)年に「榮養の歌」をつくり国民の栄養改善に乗り出しました(図表2)。22年に楠美恩三郎が作曲して食事による健康教育に効果をあげました。戦後、アメリカ流の栄養学が栄養素摂取に偏っているのに対し、100年前に唱和されながら現在にも通じる歌詞には日本古来の養生の思想が含まれています。
この歌では、当時の「理想」とされる食生活が謳われています(図表3)。古来、続く米のことをよく知って私たちの生活を豊かに安定させたいものです※6。
図表2 榮養の歌
図表3 「理想」とされる食生活
引用文献
- 堤 未果『食が壊れる』文春新書(2022)
- デビッド・モントゴメリー『土と内臓』築地書館(2016)
- 染谷 孝『土壌微生物の世界』築地書館(2020)
- 熊野孝文「日本が生んだ”奇跡のコメ”がみせる新たな価値創造」Wedge ON Line(2023年1月13日号)
- 渡邊 昌『栄養学原論』南江堂(2009)
- 石谷幸佑『米の事典―稲作からゲノムまで』幸書房(2013)