05米の食味と評価食味測定装置による測定方法
1米粒の食味(おいしさ)を探る
コメは日本人にとって、きわめて身近で万人に好まれる食材でありながら、「おいしさの正体」については解明されておりませんでした。そこで、研究を重ねてその正体を突き止めるとともに、その測定方法を30年以上前に発明しました。それにいたったプロセスなどをここに紹介します。
(1)搗精度と食味
もっとも美味(食味が良い)とされるAクラスのコメと、不味(食味が悪い)といわれるCクラスのコメを、それぞれ玄米から過搗精にいたる各精米段階で取り出して炊飯し、食味比較試験を行いました。
その結果、双方ともに、玄米段階では不味で搗精度が進むほど美味となり、徐々に格差が生じました。そして、歩留90%程度の搗精度で食味の格差はピークに達し、双方ともに食味の上限となり、ピークを超えた状態(過搗精)になると、徐々に食味が薄くなりました。歩留80%付近では、双方ともに不味になるとともに、格差がなくなっていきました。
(2)コメの旨み
ここで特筆すべき点は、双方の食味の特長は、搗精不足の状態では、残存ぬか層に原因があるのに対し、過搗精の状態では、飯の甘み、香り等の「旨み(おいしさ、以下本項で同義)」そのものがなくなっていることです。すなわち、搗精不足の状態である「不完全精白米」では、米粒はぬか層の一部に被覆されているので、コメ本来の味が発揮されず、過搗精になると、双方ともに甘みや香りが消えて不味になり、その差もなくなってくるのです。
つまり、「米粒のおいしさの部分」は、歩留90%程度に表皮(ぬか層)を剥離された精白米の表層部にあることになります。
言い換えると、おいしいコメもおいしくないコメも米粒の中身には大差はなく、ぬかの最下層と胚乳との境の部分(「アリューロンの下底圏」と命名)にコメの「旨み」が隠されていることになります。
2「飯粒のおいしさの部分」はどこか
(1)表面の糊状を除いた食味試験
次に、1980年代当時、もっとも美味といわれていた新潟県産米の「コシヒカリ」と、もっとも不味といわれていた北海道産米の「みちこがね」とを、それぞれ歩留90%程度に搗精し、飯の状態で多人数のパネラーに試食してもらいました。結果は、パネラー全員が新潟県産米のほうが美味で、北海道産米のほうが不味という評価になりました(写真1)。
続いて、その飯を双方ともそれぞれザルに入れ、40℃の湯の中に漬けたり取り出したりしながら手で撹拌し、洗米のときよりわずかに軽い要領で2分間洗います。この作業により、飯粒表面にある糊状のものが湯に白濁化して洗い落とされます。次に、その飯粒を布に入れて遠心脱水すると、表面の水気がとれて元の飯状になります。これを前記パネラーに試食してもらったところ、全員が、双方とも「パサパサして味が極端に悪くなった」「味が無くなってしまった」「味の差がなくなった」という評価になりました。
写真1 飯の顕微鏡写真
写真2 保水膜を除去したものの顕微鏡写真
(2)おいしさは表面にあり
あれだけ明確に味の差があった双方のコメが、飯粒表面のわずかな物質を除去しただけでともに極端に不味になり、結果的に味の差がなくなるということは、つまり、「飯粒のおいしさの部分」は飯粒の表面部分の物質にあり、それが多いほど美味な飯であり、少ないほど不味な飯である、ということになります。このことから、いかに美味な飯でも、不味な飯でも、飯粒の中身の部分、すなわち飯粒の表面部分を除いた本体部分は味に差がない、ということがわかりました。
以上のことから、飯粒の食味の差は、飯粒の表層部の差ということになり、食味の優劣は、飯粒の表層部を何らかの方法で測れば良いということになります。
3飯のおいしさの正体
(1)飯の旨み物質
前記の「飯粒の表層部分の物質」は、調査したところ薄い糊状の高含水物質であることがわかりました。私はこれを「保水膜 (または「オネバの濃縮膜」)」と名づけました。ちなみに、「保水膜」という言葉は、今日では学者の論文などでも使われるほど一般化しているようです。
前述の通り、コメの旨みを包含しているのは「アリューロン層の下底圏」です。通常の精白米粒においては、「アリューロン層の下底圏」の表層の部分が表面に露出していて、この部分が炊飯時に加水・加熱されることで、化学変化および物理変化によって保水膜に変成されるのです。
(2)保水膜の性状
保水膜は、飯状の主要部を構成している固形状、かつ弾性的な飯粒本体とは異なり、炊き上がりのときは粘性が低く、時を経るほど水分が減少する粘液状の物質です。表面は透明に近い半濁色のネバネバした水飴状の粘性を有し、水分を多量に含んだアルファ―でんぷん、およびその他の物質によって構成されます。
しかも、「アリューロン層の下底圏」はコメの品種等、諸々の条件により質に差があり、上質のものであっても経時変化により劣化します。そして、上質のものは厚い保水膜となり、粗悪なものほど保水膜が薄くなるのです。
4飯の味はこうして測ることができる
「保水膜」にせよ、「アリューロン層の下底圏」にせよ、肉眼で実態が簡単に見えるというものではないので、にわかに理解しづらいかもしれません。さらに、保水膜がどのように飯の味に影響を与えるのか、すなわち、保水膜の厚さを測定した結果と、人間の食味官能とが果たして一致するのかについても説明が必要でしょう。以下に詳述します。
(1)人間の食味官能と飯の味
われわれ日本人が「うまい」と感じる飯とはどのようなものかを考察すると、1)口当たりが良い、2)特有の粘りがある、3)ほのかな甘みがある、4)良い香りがする、5)艶がある、ということになります。そして、これらが個々に独立しているのではなく、総合的に飯に「旨み」を現出させるわけです。また、飯にはかすかな甘みがありますが、他の食品のように「甘い」「辛い」「酸っぱい」「苦い」の四味の影響は小さく、ほとんど味がないといえます。
そのため、「口あたり」や「香り」が優先され、なかでも「口あたり」がもっとも飯の味に影響します。たとえば、炊きたての飯をまず食べてみて、おいしさを確認した後、ただちにその飯粒をスプーン等で潰してから食べてみると一目瞭然です。いかに不味な飯に変わっているかがご理解いただけると思います。これは、飯粒内における成分としての味覚因子の量は何ら変化せず、飯粒を潰したという外形的変化を与えただけです。この外形的変化が口内の「食感(口あたり)」に影響を与え、結果的に「不味」と感じるのです。
(2)良い口あたりとは
美味な飯と不味な飯の最大の相違点は「口あたり」なのです。同じ飯でも炊きたては美味で、冷飯になると不味になるのは、飯が冷えるまでの間に保水膜が減り、飯粒同士が粘着してくっついてしまい、口の中に入ったときに良い口あたりがしないためです。
良い口あたりとは、口の中に入った飯粒同士が適度な粘りでくっつき合いながらも独立していることと、それにも増して口内にソフトな食感を与えることです。このポイントとなるのが「保水膜」です。保水膜の表面は、ネバネバしたきわめて薄い粘液状のため、保水膜が多いほど、凹凸面を有する飯粒本体が直接口内に接触しないため、ソフトな食感を与え、おいしいと感じるのです。
したがって、保水膜の量(厚み)を測れば「口あたり」の良し悪しがわかり、ひいては飯のうまみ度がわかるのです。
(3)「粘り」と旨み
味に関する第2要因である「粘り」ですが、「粘り」と「保水膜の量」は、きわめて密接な相関関係にあることが研究でわかりました。ここでいう「粘り」とは、単にネチャネチャと粘るということではなく、「適度な粘り」「弾性を有する粘り」「美味な飯に有する特有の粘り」を指します。このような粘りを有する飯粒には、美味な飯特有の粘りに比例した量の保水膜が飯粒本体の表層を覆っています。
したがって、保水膜の量を測ることは飯粒本体の特有の「粘り」を測ることにもなり、飯の旨み度を測ることにつながります。日本人のなかには「パサパサした飯の方が美味」という方もいますが、この「粘り」と「美味」の関係は、ほとんどの方(日本人)に当てはまるのではないかと思われます。
(4)「ほのかな甘み」「香り」と旨み
味に関する第3要因である「ほのかな甘み」および第4要因である「香り」ですが、これらの大部分も保水膜に含まれています。
前記の通り、実験のために保水膜を洗い流した後の飯粒本体群のみを食べると「味抜きの飯」に感じます。このように「ほのかな甘み」や「香り」がなくなるということは、保水膜にこれらの主要因が存するという証であり、また、その他種々の実験結果からも、これらの量と保水膜の量が比例していることが判明しています。
つまり、保水膜の量を測ることにより「ほのかな甘み」や「香り」の度合いを測ることにもなり、飯の旨み度を測ることにつながります。
(5)「艶」と旨み
味に関する第5要因である「艶」ですが、これは舌の官能とは異なるものの、人間の味に対する官能は舌ばかりではなく、視覚的な面も無視することはできません。つまり、艶やかな飯は見た目にもおいしく感じるものですが、この「艶」も保水膜と密接不可分な関係にあります。
保水膜の表面は、粘性の液状である一方、飯粒本体そのものの肌面は微細な凹凸面を有しています。そのため、保水膜がない、あるいは少ない飯粒は光が乱反射し、ぼやけた白さになるのに対し、保水膜が多い飯粒は、保水膜が飯粒本体の凹凸面を被覆し、表面張力により粒の表面が平らな液面を形成するため、光の反射方向が一定に向き、これが「艶」として人間の目に映るのです。
したがって、保水膜が少ない凸部分が少し表面に出るので、その分だけ反射光量が減り「艶」も少なくなる、という具合に保水膜の厚さと「艶」は比例します。もっと端的に表現すると、「艶」=「保水膜」と理解していただいて良いのです。このことから、保水膜の量を測ることにより、「艶」の度合いも測ることができるのです。
以上、飯の旨みの要因である「口あたり」「粘り」「ほのかな甘み」「香り」「艶」のすべてに保水膜が関係しており、それらの各要因の度合いも保水膜の量の度合いと比例しています。つまり、炊き上がったご飯の表面を覆っている保水膜の厚さ、または量を測定することにより、飯の旨み度を測定することができるのです。
5保水膜の測定方法
それでは、保水膜の厚さ、または量をどのようにして測定するかについてご説明します。
保水膜の性状は前記の通りのため、その厚みや量を測定する方法は種々ありますが、そのなかでも私たちは保水膜が発する特殊な現象に注目しました。保水膜は、特定の波長の電磁波を照射すると、保水膜だけが反応し、さらに保水膜の厚さに比例した反応が生じます。それを特殊なセンサーで捕獲することにより、測定対象(サンプル)の保水膜の厚薄の度合いを的確かつ、非接触で測定できます。測定時間はわずか1分半程度で完了し、その間に前記センサーにより約800件のデータを集約し、数値に変換して表示します。
このように、本測定原理は、飯の保水膜の状態、すなわち飯の状態を測定する方式を採用しています。したがって、測定対象に砕粒があればあるがままに、古ければ古いままに測定され、ほとんどの方がその飯を食べて感じる飯の味の度合いと一致した数値が導き出されるのです。
6計測の簡便性
次に、サンプルの炊飯についてご説明します。
本測定原理は、保水膜の厚み、または量を測定する方式のため、測定対象は当然「飯」の状態である必要がありますが、測定のたびに炊飯器で炊き上げることはとても面倒です。
この点においては、関連技術として、特殊な「試料釜」を開発し、サンプルを入れるだけで、「水洗」「かし置き」「水加減」「釜からの取り出し」等、通常の炊飯作業に必要な人為的工程が不要になっており、しかもわずか数分ごとに炊き上がるようになっています。
なお、この技術により炊飯されたサンプルは、私たちが日ごろ食べている飯とは異なりますが、問題ありません。本技術により炊飯すると、加水状態での加熱を数分間行うだけで、飯粒表面に測定に必要な保水膜が表れます。もちろん、通常通りに炊いた飯粒と比べると保水膜の量は少なく、さらに、飯粒の中心部は生煮えの状態ではありますが、測定対象の保有している保水膜量のキャパシティーである「旨み力」がとらえられるため、測定には何ら支障ありません。
つまり、加熱時間を一定にして、保水膜の発生条件を揃え、それに合致したソフトを用いることさえ間違わなければ、誰が測定しても同じ測定結果が得られます。したがって、本技術の実施は、きわめて容易に行えます。しかも誰が操作しても常に一定の条件にて飯状の試供品ができるのです。
7本技術と官能試験の相関
図表1に、本技術を搭載した測定器の測定値と人間の官能値を比較した本技術の精度を表す数値表を、図表2に相関グラフをお示しします。なお、後記の数値表の点数は、測定に使用した各試料米を双方の手段により測定したそれぞれの点数を表しています。
測定器の点数は、前記技術によって得られた数値です。一方、官能の点数のつけ方として、まずパネラーに試料米とは別に2種類の基準飯を試食してもらいます。味が上だと感じた方を88点、下だと感じた方を40点という基準点とし、その基準点をもとに、各試料米を炊いた飯について、それぞれ官能によりつけたものの平均点を官能の点数とします。試料米は全国各地から集めた多種多様の単品およびブレンド米で、測定器のオペレーターおよびパネラー等も試料米について、銘柄、産地、年産等を一切伏せて測定、試食しました。なお、測定は数回に分けて行いました。
これらの結果が示す通り、計測器および官能による点数を示す黒点は、ほとんどが斜線の近辺に集中していることから、評価がほぼ一致していることがおわかりいただけると思います(相関係数r=0.964)。
図表1 測定器の測定値と人間の官能値の比較
試料米番号 | パネラーの官能による点数 | 本技術を実施した計測器による点数 |
---|---|---|
1 | 68.3 | 65.0 |
2 | 79.3 | 79.6 |
3 | 78.9 | 80.8 |
4 | 81.7 | 79.3 |
5 | 78.0 | 79.4 |
6 | 73.9 | 72.1 |
7 | 62.8 | 65.9 |
8 | 69.6 | 71.0 |
9 | 65.7 | 68.0 |
10 | 80.7 | 73.8 |
11 | 77.4 | 73.4 |
12 | 71.9 | 73.0 |
13 | 74.4 | 72.5 |
14 | 57.6 | 55.3 |
15 | 51.0 | 46.3 |
16 | 80.8 | 84.7 |
17 | 84.3 | 84.7 |
18 | 82.3 | 85.7 |
19 | 81.9 | 85.7 |
20 | 73.4 | 76.7 |
21 | 70.8 | 69.3 |
22 | 59.5 | 63.0 |
23 | 77.7 | 73.7 |
24 | 49.4 | 51.7 |
25 | 66.7 | 67.0 |
26 | 65.8 | 70.0 |
27 | 84.3 | 82.0 |
28 | 42.5 | 41.0 |
図表2 測定器の測定値と人間の官能値の相関グラフ
8測定の対象と意義
(1)本測定の特長
以上で技術的説明は終わりますが、ここで本技術の3つの利用分野について補足説明します。
一つ目は、玄米状態での商品価値について、客観的な評価ができるということです。これにより、等級・生産地・品種・産年・保管の仕方等の表示を超越して、ありのままの状態の「実際の玄米」の優劣を測定することができます。
二つ目は、搗精度・砕米発生および混米を含めた搗精加工の良し悪し・経時変化等、ありのままの状態の「商品価値」を測定することができるということです。
三つ目は、炊飯加工の良し悪し等、「飯」としての実際の価値を測定することができるということです。
(2)各利用分野における測定方法
これらの利用分野によって、少々測定方法が変わることにも言及します。
まず、一つ目の場合は、玄米の価値を測定することから、条件を合わせるために精米機と搗精度を一定にして、搗精後すぐに測定することが必要です。
一方、二つ目の場合は、精白米としての価値を測定することから、一つ目の場合と異なり、ありのままの精白米を測定する必要があります。
なお、前記はともに「生米の状態」であるため、これをいったん「飯」にしますが、これは前記の通り特殊な試料釜によってすべて自動的に、一定条件で炊飯することができるため問題ありません。
次に三つ目の場合は、原料玄米の質、精米加工・飯の炊き方の良し悪し等を含めた、最終的に飯になった状態の価値を測定するため、飯のありのままの状態を測定することになります。
したがって、上記のうちのいずれかを測定することにより、「原料玄米」「精白米」「飯」の各段階において、どこで味が落ちたのか、あるいはどこで本来よりも味が上がったのかを知ることができ、コメの生産から炊飯にいたる各工程における大きな指針となると考えています。
(3)測定の意義
発表から30年以上が経った現在においても本技術に替わる技術はなく、客観的にコメの食味を測ることが可能となっていることから、「農業試験場」の新品種開発および品種改良、国内最大級のお米のコンクールである「米・食味分析鑑定コンクール」でのコメ審査に使用されるなど、コメ食文化の発展に役立てられています。