03米と健康日本人とお米の力~健康実現の救世主
1日本人が健康を維持するための食事バランスを考える
(1)食事摂取基準から考える
「バランスのよい食事」が健康のためには大切であることはわかっていても、いざ、実践しようとすると、そもそも「バランスのよい食事」とは何か? ということに悩まれる方も多いようです。
たとえば、子どもたちの食育の場で多く用いられている「食事バランスガイド」。これは、健康で豊かな食生活の実現を目的に策定された「食生活指針(平成12年3月)」※1を具体的に行動に結びつけるものとして、平成17年6月に厚生労働省と農林水産省が決定したものです※2。1日に何をどれくらい食べたら良いかを考えるときの参考にしやすいよう、望ましい組み合わせとおおよその量を図式化しています。
また、栄養指導の場などで参考にされるものは「日本人の食事摂取基準(2020年度版)」です※3。こちらは、厚生労働省が国民の健康の保持・増進・生活習慣病の予防を目的に、科学的に分析し私たちがとるべきエネルギーや、栄養素の摂取量を年齢性別ごとに基準を設けているものです※4。この「日本人の食事摂取基準」を満たしている食事が、私たちにとっての「バランスのよい食事」の目安になります。
基準が設定されているものは、エネルギー、たんぱく質、脂質(4項目)、炭水化物(2項目)、ビタミン(13種類)、ミネラル(13種類)の目安と、エネルギー産生栄養素バランスです※5。
このエネルギー産生栄養素バランスとは、エネルギーを産生するたんぱく質(Protein)、脂質(Fat)、炭水化物(Carbohydrate)の3つの栄養素の摂取比率のことで、それぞれの頭文字をとりPFCバランスといわれています。PFCバランスは、年齢性別にかかわらずおおよそ同じ比率が目安として提示されています。具体的には、たんぱく質<P>(13-20%)、脂質<F>(20-30%)、炭水化物<C>(50-65%)といわれています。
たとえば、ダイエットのために筋肉をつけようとして、たんぱく質を多く摂ることを重要視すると、同時に運動するときのエネルギー源となる炭水化物や脂質の補給が足りなくなります。結果的にたんぱく質の分解につながり、目的に反することになってしまいます。このようなことにならないためにも、1つの栄養素だけに注目するのではなく、PFCバランスを保つ工夫が健康に不可欠といえます。
(2)日本人の食生活の変遷と課題
現在の日本の食事事情を考えると、過度な食事制限をしない限り、深刻な栄養欠乏状態にはなりにくいと考えられていますが、実際はどのような問題点があるのかを、国民健康・栄養調査※6を基に考えていきたいと思います。
私たち日本人の1日当たりのカロリー摂取量の推移は、1970年代をピークに減少傾向となっており、戦後の食事事情が良くなかった頃の数値とほぼ同じです(図表1)。カロリー摂取量が減少している背景には、ローカロリー志向や、高齢者増加にともなう影響など、さまざまな要因が考えられますが、ここで考えたいのは、カロリー摂取量は全体的に減っているのに、生活習慣病などの罹患者数が減少傾向にないことです※7。そこで、カロリー摂取量の大きさだけでなく、PFCバランスの変化をともに考察すると、とくに、脂質と炭水化物の割合に変化が見られます(図表2)。1946年には、約7%だった脂質の割合が、75年には約23%に、そして2019年には約31%まで増えています。一方、炭水化物の割合は、1946年には約79%でしたが、75年には約60%、2019年には約52%まで減少しています。高度成長期を経て食生活が豊かになり、いわゆる食の欧米化が進んだ一方で、生活習慣病が増加している背景として、カロリー摂取量の大きさではなく、とくにPFCバランスの変化が関係しているといわれています。
図表1 日本人1人1日あたりのカロリー摂取量の推移
図表2 PFCバランスの変化
2お米食が日本人の救世主といえる理由
(1)お米の栄養バランスの特徴
いわゆる食の欧米化により、大きく変わったのは「主食」です。ごはんを中心とし、多様な副菜と組み合わせられた日本型食生活※8は、主食にお米をしっかり食べるスタイルでしたが、近年は、パンやパスタ類、もしくはおかず中心で主食を少なくするスタイルが目立つようになってきました。この食スタイルの変化が日本人のPFCバランスに影響を与えている可能性は少なくないと思います。そこで、日本食の中心を担ってきた「お米」について考えてみましょう。
実は「お米」には、炭水化物の他にさまざまな栄養素が含まれています。ここでは、わかりやすいようにPFCバランスを構成しているエネルギー産生栄養素(たんぱく質・脂質・炭水化物)の3つの栄養素に絞ってお話しします。図表3にあるように、ご飯にはたんぱく質も脂質も含まれています。脂質の割合が約2%で、食パン約14%やクロワッサン約45%、パスタ約4.5%などと比べても低いことがわかります。
図表3 ご飯に含まれるエネルギー産生栄養素の割合
(2)お米の糖質は砂糖の糖質とは違う
最近では「糖質制限ダイエット」がはやり、お米=糖質=太るもの・・・・・・ととらえている方も多いかもしれませんが、果たしてそうでしょうか?
糖質を分類すると、1)糖類と2)でんぷんに分けられます。1)の糖類は英語でSugarといいます。ブドウ糖、果糖、ショ糖(はちみつ、砂糖の主成分)などがこれにあたります。2)のでんぷんは、英語でStarchといいます。さらに、このでんぷんに食物繊維が加わったものを「炭水化物」といいます(図表4)。糖質というのは、私たちの身体のメインエネルギー源になる大切なものです。この大切なエネルギーをSugarで摂るのか、Starchで摂るのか、これは身体にとって大きな違いになります。たとえば、炭水化物を構成しているでんぷんは、ブドウ糖に分解するプロセスを経て体内に吸収されるため、糖類に比べると消化吸収の速度は緩やかです。また、炭水化物に含まれている食物繊維は、消化吸収されず、脂質・糖・ナトリウムなどを吸収して身体の外に排出する働きがあります。よって、お米は、食物繊維が含まれている分、血糖値の上昇も緩やかにするメリットもあります。
図表4 炭水化物・糖質・糖類の模式図
(3)お米とたんぱく質
意外に思われるかもしれませんが、お米にはたんぱく質が含まれています。日本食品成分表2020年度版(八訂)によると、白米100gに含まれるたんぱく質は、およそ6.1gです。たった6%と思われるかもしれませんが、主食として量をきちんと食べれば、立派なたんぱく源になります。もともと日本人は、たんぱく質を豆類の他、穀物からもしっかり摂っていました。実際、お米離れが進むにつれて、穀物や豆類からのたんぱく質の摂取割合が他と比べて大きく減っています(図表5)。
たんぱく質源としては、肉や魚、乳製品など動物性の食材がありますが、これらの食材と米の違いは脂質量です。カロリーを抑えるためにお米を減らして高たんぱく食にした結果、脂質の摂取量を増やしてしまう場合もあります。しかし、お米(ごはん)をしっかりと食べることで、脂質の割合を抑えつつ、たんぱく質を摂取しやすくなる点は、「お米」の力といえるでしょう。
図表5 たんぱく質の摂取源の変化
3日本人の健康寿命の延伸を実現する食生活の提案
(1)健康寿命とは※9
さて、「健康寿命」という言葉をご存じですか? WHO(世界保健機関)が提唱した新しい健康の指標で、健康上の問題で日常生活が制限されることなく暮らせる期間を指します。日本は、健康寿命、平均寿命とも世界的にみて長い方ですが、生活習慣病などが増えていることから、健康寿命と平均寿命の差が大きくなることが心配されています。この差が大きくなると、介護の期間が長くなったり、個人の生活の質が低下したりするだけでなく、医療費や社会保障の負担も大きくなりますので、「健康寿命」を延伸し、私たちがより元氣により長く生活できる社会の実現はとても大切です。そのためにも、健康の土台となる食生活について改めて考えたいと思います。
(2)理想的な食スタイル
さきほど「お米」にはたんぱく質が含まれると説明しましたが、たんぱく質としては少し足りない点があります。たんぱく質には、体内で合成できない9種類の必須アミノ酸すべてがバランスよく含まれているかどうかを評価する「アミノ酸スコア」というものがあります※10。肉や魚、卵のアミノ酸スコアが100なのに対し、お米は65とやや劣ります。しかし、大豆製品と組み合わせることで、アミノ酸スコアを100に近づけることができます。つまり、日本人が昔から親しんできた味噌汁や納豆との組み合わせは、お米からたんぱく質を上手に利用しつつ脂質を抑える理想的な食事のバランスなのです。
(3)生活習慣病やフレイルを防ぐための食生活指針
日本人の「理想的なエネルギー産生栄養素の割合」※11は、年齢性別で多少の差異はあるものの、たんぱく質(13-20%)、脂質(20-30%)、炭水化物(50-65%)といわれています(図表6)。たとえば、たんぱく質15%、脂質25%、炭水化物60%で食事バランスを考えると、主食を「ごはん」にして分量を全体の6割とし、残りの4割で主菜と副菜を合わせたおかずを並べることで簡単にPFCバランスが整う組み合わせを作ることができます。ごはんには脂質が2%ほどしか含まれないため、主菜や副菜の脂質量をどれくらいにするかについて自由度が高い点も助かります。また、年齢を重ねると、食が細くなるだけでなく、消化器官の動きや働きも悪くなりがちです。とくに、高齢者は低栄養の状態が続くと、心身が疲れやすく弱った状態=フレイル(虚弱)になりやすくなります。その点お米は脂質が少ないため、胃腸への負担も少なく、効率的にエネルギー源となります。また、ごはんは粒食のため、パンや麺類に比べて噛む回数が自然と増えます。咀嚼は、脳の血液循環を増やし、脳神経が刺激されるなど、脳の活性化にも良いとされています。お米はPFCバランスをとりやすく、生活習慣病予防にもフレイル予防にもつながる可能性があります。日本人の健康増進にも一役買いそうです。
私たちが、おいしく食べることで、健康増進につながるだけでなく、ごはんを中心とした日本型食生活や日本の農業をも守る力を秘めている「お米」。改めてその魅力を見直してみましょう。
図表6 理想的なエネルギー産生栄養素の割合
参考文献
- 厚生労働省公式サイト 食生活指針について
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000128503.html[外部リンク] - 農林水産省公式サイト 「食事バランスガイド」について
https://www.maff.go.jp/j/balance_guide/[外部リンク] - 2024年2月末時点において、「日本人の食事摂取基準(2020年版)」を最新版とするが、同2025年版の策定に向けた検討が進められている。
- 「日本人の食事摂取基準」策定検討会「「日本人の食事摂取基準(2020年版)」策定検討会報告書」Ⅰ総論1策定方針(2019年12月)
- 日本人の食事摂取基準(2020年版)で基準が設定されているのは、エネルギー、たんぱく質、脂質4項目(脂質・飽和脂肪酸・n-6系脂肪酸・n-3系脂肪酸)、炭水化物2項目(炭水化物・食物繊維)、エネルギー産生栄養素バランス、ビタミン13種類(脂溶性ビタミンA・D・E・K、水溶性ビタミンB1・B2・B6・B12・C・ナイアシン・葉酸・パントテン酸・ビオチン)、ミネラル13種類(ナトリウム・カリウム・カルシウム・マグネシウム・リン・鉄・亜鉛・銅・マンガン・ヨウ素・セレン・クロム・モリブデン)
- 厚生労働省「令和元年 国民健康・栄養調査報告」(2020年12月)
2024年2月末時点において、令和4年調査は実施されているものの未公表である。令和2年調査・令和3年調査は新型コロナウィルス感染症の影響により調査中止となっている。 - 厚生労働省 e-ヘルスネット「生活習慣病とは?」
- 農林水産省公式サイト 「日本型食生活」のススメ
https://www.maff.go.jp/j/syokuiku/nihon_gata.html[外部リンク] - 厚生労働省 e-ヘルスネット「健康寿命の基礎知識」
- 「食品たんぱく質の栄養価としての「アミノ酸スコア」」(一財)日本食品分析センター(No.46)(2005年12月)
- 「日本人の食事摂取基準」策定検討会「「日本人の食事摂取基準(2020年版)」策定検討会報告書」Ⅱ各論1-5エネルギー産生栄養素バランス(2019年12月)